暗示効果を利用する「自律訓練法」
当院では、受験勉強に伴うストレスの克服と、注意集中力の持続時間をアップさせることを目的に「自律訓練法」を取り入れています。
これは、自律神経をコントロールする能力を高めることによって、悪性のストレスの克服を図るものです。
ドイツの精神科医、ヨハネス・ハインリヒ・シュルツが手法を構築しました。
母集団の属性にもよりますが、当院の場合は、全体の30%ほどの受験生が、「自律訓練法」が有効なタイプです。
実際、緊張感や不安感の緩和に役立ち、また不眠症の解消にも効果を発揮しています。
ただし、「自律訓練法」は、受験生のすべてに効果的だというわけではありません。
一部ではありますが、受験うつ病の中には、「自律訓練法」が逆に深刻な悪影響を及ぼす場合があります。
まずは、現在の受験勉強の状態が、「自律訓練法」の効果があるタイプなのかどうかを、正確に評価する必要があります。
当院では、きめ細かな問診と脳機能の検査を通して、こうした見極めを行っています。
●背景公式 「気持ちが落ち着いている」
これがこの訓練法の基本となります。
軽く目を閉じて、「落ち着いている、落ち着いている」と心の中で繰り返し唱えます。
この「繰り返し唱える」ということが、暗示効果をもたらします。
●第1公式 手足の重感。「両手両足から力が抜ける」
まず右手から、「右手の力が抜ける、抜ける」と唱えていきます。
すると右手がだんだん重くなってくる。
これが力の抜けた状態です。
次に左手、そして右足、左足と順に行っていきます。
はじめは少し時間がかかりますが、重さを感じるまでやってください。
●第2公式 手足の温感。「両手両足が温かい」
「手が温かくなってくる」と唱えていると、暗示によって血管が拡張して、体の深部を回っていた温かい血液が、体の表面や手足にまで流れてくるので、温度が上がります。
●第3公式「心臓が静かに鼓動を打っている」
●第4公式「呼吸が楽にできる」
●第5公式「お腹が温かい」
●第6公式「額が涼しくて気持ちいい」
*第3公式以下も同じ仕組みですが、これらは自分で勝手にはやらないでください。というのは、心臓にトラブルを持っている人は、第3公式である種の異常をきたす可能性がありますし、呼吸器に疾患がある人には、第4公式は危険です。これらは、医師など専門家の指導のもとに行うべきです。
●消去動作
最後に必ず消去動作を行ないます。
この「自律訓練法」は、根を詰めて勉強した後などに行うと、特に効果的です。
勉強に集中していると交感神経が優位になる、つまり高揚した状態になるわけです。
それが続くと、脳も身体もストレスを受けて疲弊してしまいます。
ですから、長く受験勉強を続けるには、休憩時間に副交感神経を優位にする、つまりリラックスしてストレスを軽減することが不可欠なのです。
これを短い時間に行うには、「自律訓練法」は持ってこいです。
ただし、「自律訓練法」を効果的に行うには、ちょっとしたコツがあります。
「力を抜かなきゃ、抜かなきゃ」と思ってもなかなか抜けずに焦ってしまう人が多いのですが、焦れば焦るほど力は抜けなくなります。
「よし、力を抜いてやるぞ」と思ってしまうと、力んでリラックスできない。
それよりも、無心になって「力が抜ける、抜ける」とひたすら唱えるのです。
注意は集中するけれども、その結果には捉われない。
無理やりリラックスしようと焦らずに、結果としてリラックスできるようにイメージする。
それが「自律訓練法」によって不安や緊張を和らげるコツです。
ちなみに患者さんの中には、私に気をつかって、「先生、力が抜けてきました」と言ってくれるのですが、筋肉の張り具合を見れば、本当は力が抜けていないことが一目で分かります。
それに対し、以前は、「まだ筋肉は、ゆるんでいないじゃないですか」などと大人気ないことを言っていましたが、そうすると精神的に患者さんを余計に追い詰めてしまうだけです。
そこで、今では、「力が抜けてきて良かったですね」と声をかけることにしています。
そうすると、「力が抜けないと医者ががっかりする」といったプレッシャーから解放されるので、本当に力が抜けてくるのです。
人間の心の機微の奥深さを改めて感じさせられます。